思考の迷路に気づけるか

広島国語屋本舗現古館 館長の小林です。
タイトルには意味深なことを書きました。
記事を読んでいただくための高等テクニックですね。
とはいえ、申し上げることは単純です。
国語の問題を迷路のような遠回りをして解いている子が多いことにお気づきですか?というお話です。
〇付けの下手さ
国語ができない子は、自分で〇付けができない。
これは学年を問わず等しく当てはまる傾向だと思います。
では、「〇付けができない」とはどういうことか。
1.間違った問題を赤ペンで直しているだけ
2.正解した問題は確認しない
上のどちらか1つでも当てはまれば要注意です。
いずれの場合にも共通しているのは、「解答に至るまでの過程」を考慮していないことです。
これを私はタイトルの通り「迷路」に例えているのですが、なぜ自分がその解答にたどり着いたのか、その道順は正しいものだったのか、これらの検討なしに学力の向上はありえません。
まったくもって見当違いな道順を通っていたり、まるで意味のない道をぐるぐると通っていたり、時間制限のある「試験」にあって”悪”でしかないことをやっていても、それに気付くことすらできないわけですから。
自分で気付ける?
これは大変根深い問題なのですが、「国語ができない子」はなぜ自分ができないままなのか分からずに演習ばかりを繰り返します。
演習を繰り返しても結果に全く結びつかないのですから、さぞ苦しいことでしょう。
努力していても結果が出ない様子を見て、「あなたは国語ができないんだから〇〇を頑張りなさい」という声掛けをしてしまう親御さんもいらっしゃるかもしれません。
やっていてもできない、周りからもできないと言われる。
そんな状態で努力を続けられる子なんてそういません。
「自分は国語ができない」と信じて疑わなくなり、それでいて何の手も打たない「国語ができない子」がここに完成します。
なんと不幸なことだろう、と思います。
「努力」の仕方が間違っていただけなのですから。
あえてきつい言葉を使いましたが、結果に結びつかない努力、適切な方針をもって行われない努力は、自分の時間を浪費し、心を疲弊させるものでしかありません。
苦手を自覚するなら、ちゃんとした水先案内人が必要なはずです。
自分の苦手の原因を、自分で判断できると考えるのは大いなる思い上がりです。
学力の向上というものが、そんなに簡単なものだと思ってはいけません。
簡単ではないからこそ、現古館のような単科塾が存在するわけですからね。
もし、自分の苦手の原因を明確にしたいという方がいらっしゃったら、まずは「解の原則体験講座」にお越しください。